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2012年3月

2012年3月31日 (土)

「Kimono*Girl」ライブレポート~Kimono*Girlができるまで。(2011/12/4開催@Culver city, California)

Kimono*Girlができるまで

東京カルチャーカルチャーで市川染五郎さんの出演する歌舞伎イベント「妄想歌舞伎ナイト」を開催した君野倫子さんがオーガナイズする着物ファッションショー「Kimono*Girl」が、ロサンゼルスで開催された。

君野さんはロサンゼルス在住。現地の日本文化の紹介のされ方をみていて「自分だったらこうするのに」という思いが日増しに募っていた。

まずは自分の好きな「着物」を紹介したいと、君野さんは考えた。イベントのイメージを絵コンテに起こし、知人にその話をしたら、「なんでやらないの?やればいいじゃない」と一言、言われたという。

その言葉を受け「ここでイベントをやりたい」と思っていたギャラリー「Royal/T」に持ち込んだところ、即座に担当者に言われたのだ。

「それで、日付はいつにしますか?」

準備に半年は必要かな? と逆算して、半年後の日曜日をおさえた。

「アメリカってそういうところあるんです。」と君野さん。「アイディアがあったら『やればいいじゃん、なんでやらないの?』って言われたり。現場の人が権限を持っているので、『上を通さないと』って言われるようなことがないし。そういうの、アメリカならではだなって、思いますね。」

しかしイベント開催はとんとん拍子で決まったが、アイディア以外はなにもない状況……。

君野さんの、アメリカでのイベント作りは、そこから始まった。

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会場の「Royal/T」。君野さんは、まだいったこともないときから、ここでイベントをやりたいと思っていた。ジャパニーズポップカルチャーへの造詣も深く、日本のアーティストの展示もある。半分はレストランとして開放されていて、店の奥にイベントができるスペースがある。

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20名近くのボランティアが、彼女のイベントのために集まった。「どこからともなく、集まってきたんです。」と彼女は言う。

しかし人集めには苦労しなかったが、イベント設営の進捗を管理する「プロジェクトマネージャー」の人間がいなかった。君野さんが最初は兼ねていたが「7月には既にアップアップの状態でした」という。

「それでね、こういう人がいたらいいのにって、友達に話をしたら、 『いるよ!』って言われて。まさにうってつけの人材をその日のうちに 紹介していただけたんです。今井里美さんといって、ハリウッドで日本映画のイベントを開催した方で。私、紹介してもらった次の日から日本に帰る予定で、『後はよろしく!』ってお仕事を投げて日本に戻りました。」

こうして、ボランティアは、設営期間の間にも、ずっと増え続けたという。

アメリカは、ボランティアがカルチャーとして定着しており、勤め人でも、残業がなくて、時間が空くために、イベントにボランティアとして参加する人が、比較的多い。そして、イベントをオーガナイズしたことある人たちがゆるくつながっていて、お互いに人材を紹介しあう文化もあるのだ。

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「たぶん、イベントの内容に、ボランティアの皆さんは惹かれて集まってきたんだと思います。」と君野さん。

「ロサンゼルスは広くて、コミュニティが分散しているからなのか、カルチャーの匂いのするイベントがあまりないんです。だからかもしれませんが、イベントの内容とかコンセプトとか……KimonoとAmerican Vintageというテーマをおもしろいと言ってくれて。集まる人もクオリティが高くて、みんな、よく動いてくれるんです。プロ意識の高い人たちが集まってくれて。何より楽しんでくれているのが嬉しいですね。」

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着物を着るモデルも、ボランティアを募った。あまりに希望者が殺到し、当初予定していなかったオーディションで選抜された。

彼女たちも、高いプロ意識でイベントに参加している、と君野さんは言う。

まず、遅刻はしない。欠席もしない。拘束時間が長くても文句ひとつ言わない。受け答えがいい。性格がいい。練習が終わっても、自分のパートの練習を居残りでするモデルたちもいる。

もちろん、彼女たちは、無償でイベントに参加している。

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この日のリハーサルでも、モデルのプロ意識の高さをうかがわせるシーンがあった。
リハーサル後、自分たちのパートの最終確認を入念にする2人のモデル。
目は真剣で、少しもおちゃらけた雰囲気がない。

細かいところを気にしない、なるようになる、そういう風土のあるアメリカ西海岸だけに、
この風景は、とても特徴的に見えた。

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ショーのリハーサルの間に、入口の設営も完了していた。「Zine」と呼ばれる小冊子が販売されている。売上が、イベントの収入として入ってくる仕組みだ。

ちなみに、Kimono*Girlのイベントは入場無料。入場料無料にするのは、お店から提示された条件の一つだったという。(お店としては、できるだけ多くの人を集めてほしいと願っている。併設しているレストランの集客増を狙っているのだ。)

しかし当然、お店に会場レンタル料は払う必要があるし、必要経費も賄わなくてはならない。

特に着物の費用が大きい。しかし、着物提供にスポンサーをつけてしまうのは君野さんの本意ではなかった。

「スポンサーをつけてしまうと、私の考えているものとは違うものになってしまう。スポンサーの意向にそってやらないとダメになってしまう。だから、仕方がないなって思ってます。」

それゆえ、他の手段で、経費をまかなうことになる。

Zineのほかにもイベントの収入はある。それが「物販」「スポンサー」だ。

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大手製菓会社の商品が売られるブース。これは、メーカーの現地法人が「物品提供」という形でイベントに協賛しており、売上は全てイベント運営側の利益になる。他にも、大手酒造メーカーなどの協賛があり、ビールを売るブースができていた。

他にも、日本雑貨のお店がイベントスポンサーとなり、会場に出店して物販をしていた。

他にも「ドネーション(寄付)」で資金を募る方法もアメリカではメジャーだ。

アメリカでは、ドネーションの文化が確立していて、気に入った対象に対してはどんどん寄付をしていく文化がある。チップ文化も、その一端と言えよう。

ライブやパフォーマンスの後に「ドネーションプリーズ」とアナウンスすると、多くのオーディエンスが小額ながらお金を出してくれることが多い。もちろん、「Zine」などグッズの購入により、ドネーションにかえることも多い。
 

Kimono*Girlがやってきた。

いよいよ開場。会場は想像以上のお客さんでごった返していた。総計およそ200名弱。立ち見客もあらわれ、当初の想定を大きく上回る集客。

そして、驚くべきことに、日本人は半分以下。多くが、外国人の方だ。

できるだけ外国人の方にきてもらいたい。それは、プロモーションの時点から考えていたという。もちろん、もともと日系カルチャーに理解ある現地の方が運営するギャラリーを会場にしたことによるブランディングも大きかっただろう。

フライヤーは、当初1,000部刷って、あっという間になくなったという。3,000部増刷して、ファッション系のお店やフリーマーケットなどで配布した。ソーシャルメディアも使った。ツイッターやFacebookを活用して、少しずつ認知を増やしていったという。

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現地のメディアも入っていた。その中のひとつは、ロサンゼルスの日本人向けのテレビチャンネル「UTB」で、特集を組んでイベントの内容を放映した。

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いよいよショーがスタート。歌あり、踊りありのエンタメ色の強い内容。映像やBGMは大正~昭和初期のレトロ調をイメージしたもので、そこにシンクロするように、アメリカンビンテージと着物がコラボレートした君野倫子さんの着付けによる衣装が披露される。

白人のモデルさんによる日本語曲の歌が、どきりとさせられる。艶っぽく、また清清しくもある。

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背景のVTRと着付けの世界観が見事にシンクロしている。
ここがロサンゼルスだということも忘れてしまう。

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洋傘と着物のコーディネート。細部にわたるこだわりが衣装にも詰まっている。

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先ほど、リハーサル後に個別練習をしていた2人。このセクションは、洋装の女性と着物の女性がお互いにやりとりし、互いの上着をとりかえっこするという「演技」が見せ場となっていた。言葉は一言も発してないので、身振り手振りの演技が要求されるが、コミカルな演技に観客が見入る結果となった。

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袴に、ベレー帽子と本をあわせる。文化的な色合いのするコーディネート。

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イベントは、Ustreamで全世界に配信された。およそ200名の人が、
ネット経由でイベントを観覧した。

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花を使ったヘアコーディネートとの組み合わせが印象的。何より、白人の方にも和装がフィットしていることに驚く。Kimonoはもはや、日本人のためだけのものではない。

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司会は、本職のラジオDJの方が、ボランティアで参加した。司会の方も、演技に参加する。多数の着物モデルからアプローチされ、奪い合いの的になったり、踊り相手になったり……。

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最後は、モデル全員が登場して、踊りで締める。会場は拍手喝采。わずか30分弱のショーで、既に観客は会場の「世界観」に魅せられていた。

間違いなく、この会場の人全てが「Japanese Kimono」のファンになったに違いない。日本のカルチャーが、アメリカに受けいられた瞬間だったように思う。

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終了後、拍手で熱演したモデル達を迎える君野さん。

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撮影で群がるお客さんたちに、深々と一礼。ただひたすらに、感謝の気持ちを述べていた。

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「アメリカでは私なにもしてなくて、初めてやる大きなイベントなので、こういうことできる機会をもらえただけでありがたいって思ってるんです。なんでやるの? って聞かれると困ってしまう。やりたいからやるんです、他に何があるんですか?」
と君野さん。

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「だけど、これがうまくいったら、日本にイベントを逆輸入したいです。『Kimono*Girl』をカルチャーカルチャーでできませんか?」

君野さんの目は、早くも未来に向いていた。日本のカルチャーカルチャーではじまった君野さんのイベントキャリアは、アメリカで更に大きく花開こうとしている。

(執筆、撮影 河原あず/東京カルチャーカルチャー

2012年3月21日 (水)

「ブクブク交換 in LA」ライブレポート~国境も世代も越えていく日本発の本の交換ミートアップ(2011/11/27開催@Tustin, California)

世界に広がる本の交換イベント「ブクブク交換」

ブクブク交換というイベントをご存知だろうか?東京カルチャーカルチャーのプロデューサー、テリー植田が考案した本の交換イベントだ。参加者は、テーマにあった本を会場に持参し、その本を参加者に向けて紹介する。持ってきた本の数だけ、気になる本を持ち帰れる仕組みになっている。本には、栞がわりに名刺をはさむのがルールで、本を通じて自然と人と出合える/ネットワーキングができる仕組みになっている。

もちろん、発祥の地である東京・お台場の東京カルチャーカルチャーでも毎月のようにブクブク交換は開催されている。また、公式のサイトを作り「みなさん、自由にブクブク交換をやってください!」とPR活動も行っている。東京はもちろんのこと、札幌、山形、大阪、広島、横浜、金沢、大宮などの国内主要都市でも開催されている。中には、電車を借り切ってブクブク交換を行うグループもあり、それぞれがそれぞれの趣向で「本の交換会」を楽しんでいる。

そして、ブクブク交換は、日本国内に限らず、世界各地で開催されている。例えば、アメリカのロサンゼルス。

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ライターであり、着物スタイリストとしても活動している君野倫子さん
は、2ヵ月に1回のペースで、ロサンゼルスでブクブク交換を開催している。ブクブク交換のことは、発案者のテリー植田から聞いて知った。インタビューでも取り上げたとおり、君野さんは、東京カルチャーカルチャーで市川染五郎さんの歌舞伎イベントをオーガナイズしている。イベント制作中にロサンゼルスに引っ越すことになった折、テリー植田からなんとなく言われたという。

「君野さん、ロサンゼルスでぜひ、ブクブク交換をやって下さいねぇ。」

「フィレンツェでもやってるし、まあ、できるかなって思ったんです」と君野さん。「けどね、実際やるには、引っ越してから1年かかりました。」

引っ越してから1年経とうかという頃、ブクブク交換をやってみたいんだけど、という話を知人にしてみたところ、何人か「参加したい」と反応したので、始めてみたという。そして第1回が終わった直後、参加者からこういわれたという。「次はいつやるの?」本の貸し借りが発生したので、読み終わる時間を見積もって君野さんは答えた。「じゃあ、2ヶ月後くらいで。」以降、2ヶ月に1回のペースで、君野さんは、ブクブク交換を、ロサンゼルス各地で開催している。

第3回ブクブク交換 in LA

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2011年の11月27日、タスティンという街にある参加者の個人宅で、3回目のブクブク交換 in LAが開催された。リビングに集まった人数は、10名弱で、自分以外は全て女性。中にはお子さんを連れて参加される方も。お茶菓子が出され、お茶を飲みながらのブクブク交換は、とてもリラックスした雰囲気でスタートした。

広大なロサンゼルスでも、違う地域で毎回ブクブク交換は開催されている。最初のブクブク交換はレドンドビーチ、2回目はカルバーシティで開催。私も参加した4回目のブクブク交換は、ダウンタウンにある公共図書館の会議室で開催された。「うちの近くでやってほしいっていうリクエストが多いんです。ロサンゼルスは広いので、近くにいないと参加できない方もいるんです。だから、毎回、開催場所を変えています。」

どういう方が参加されるかと君野さんに聞いてみると「日本人の、女性がほとんどです。けど、日系企業の駐在員の奥様方のコミュニティともちょっと違ってて、自分で事業を持ってたり、ものを作ってたりする方が多いんです。」不動産事業を営んでいる方、お菓子の製造販売をしている方、ヒーリングを生業にしている方、図書館ボランティアの方など、バックグラウンドも本当に様々。

東京カルチャーカルチャーとは違う雰囲気で、本の傾向もやはり違う。とても新鮮な気分で、ブクブク交換の輪に加わった。

今回のブクブク交換のテーマは「何度も読み返す本」「旅のおとも」「あなたの名作漫画」

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最初に主婦の方から紹介されたのは「親の品格」。早速、母親ならではのチョイス。「何度でも読み返す本です。『親ゆえの闇』にさいなまれたときに読みます。日本的な、当たり前のことを書いてて、いろいろなことを再確認できるんです。」ほとんどの参加者が母親だけあって、大きくうなずく人が多数。

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原田宗典さんのエッセイ「わがモノたち」を紹介するのは、ロサンゼルスの公共図書館でボランティアをしている女性。「軽く読めるのが、旅のお供にいいですよ。けど、ビーチとかで読んだりすると、絶対に吹き出しちゃうので、気をつけてくださいね!」

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斎藤一人さんの「成功する人、腐る人」を紹介したミヤコさんの趣味は「発酵」「ビールや味噌を作っているんです。この本は、酒造の人が斎藤さんと出逢って、いいお酒を作ることに成功したというエピソードがかかれた本です。このお酒、飲みたくなりますねぇ。」としみじみ。

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主催した君野さんが紹介するのは、ちくま文庫の「大正時代の身の上相談」「大正時代に新聞に掲載されていた身の上相談をまとめたものです。悩みって、時代が変わっても、変わらないものなんだなって思いますよ。『接吻されて汚れた私、どうしたらいいの?』とか、『女癖の悪い夫に悩んでいる』とか『文学の道に行きたいが親に反対されている。どうしたらいいか』とか……ね。時代を感じますが、中には『みかんを一度に20個食べる夫に悩んでます』ていう相談もあって、なんだか笑えるんですよ。」

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親子連れで参加した人もいる。お子さんも、お気に入りの本を英語で紹介。本への想いは、国境も世代も越える。

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たくさんの本が紹介された。手書きの紹介ポップも、とてもユニーク。中には英語の本も。

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自己啓発系から、笑える本から、小説まで。幅広いラインナップ。

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「子育て」に関わるテーマの本が数多く揃ったのも、女性の多いブクブク交換ならでは。

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紹介が終わったら、いよいよ本の交換タイム。ただ、ここがちょっと日本で開催されるブクブク交換と違う。日本だと並んでる本を、自分が持参した数だけ持ち帰れるため、本の争奪戦が始まるのだが、ロサンゼルスでは、気になる本があったら、付箋に自分の名前を書き込んでいく。なぜかと聞くと「アメリカでは日本語の本は貴重だから、交換しないで、貸し借りして回すんです。」という回答。

実は、この「本のまわし読み」が、参加者のコミュニティづくりに一役買っている。ブクブク交換の参加者同士が仲良くなり、ブクブク交換の時間とは別に時間を作って、本の貸し借りがてらお茶をすることも多いのだとか。

君野さんが説明してくれた。「読み終わったら、ブクブク交換で持ち帰った本を次の番の人に回すじゃないですか。郵送するという手もあるんだろうけど、やっぱり、逢って、お茶をして、本を交換して帰るっていうのが多いんですよ。素敵なコミュニケーションだなって、思います。そういう、他人との出逢い方って、ロサンゼルスではなかなかないんですよね。」

ロサンゼルスは、「広すぎる」と君野さんは言う。広すぎるから、コミュニティは分散する。車社会でもある。用事を作らないと、他の人たちとコミュニケーションをとる機会もできない。「文化的な匂いのするイベントも、実はロスではあまり多くないんです。だから、皆さん、ブクブク交換みたいな集まりに、惹かれるのかもしれないですね。」

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「そういえば名刺もらってなかった!」と名刺交換が始まる。仕事を持っていたり、個人の活動をされている方が参加者には多く、アメリカでは、仕事や個人の活動を成功させる鍵は「ネットワーキング(人々との繋がり)」にあるという考えが強い。日本人は一般的にパーティなどでのネットワーキングが不得手な人が多いように思えるが(知らない人同士で自己アピールをするのはシャイな日本人には難しいことかもしれないし、言語の壁もある)本を媒介にすることで、スムーズに自己紹介ができるのは、ブクブク交換の強みかもしれない。

本の貸し借りの順番が決まった後も、フリートークは止まらない。電子書籍事情、中国事情、教育事情などなど……仕事の話から他愛のない話題まで、色々な話題が飛び交う。本の交換を通じてお互いの距離感が縮まっているから、自然と話も弾む。

日本発の本好きによる本好きのためのミートアップ「ブクブク交換」

ブクブク交換は、自らのイベントを示すのに、特に「ミートアップ」という表現は使っていない。しかし、Meetup.comのCEO スコット・ハイファマン氏の言う定義に基づくなら、ブクブク交換は、純然たるミートアップである。

「人々の日常生活を助ける、参加者同士がコミュニケーションを取り合う集まり、それがミートアップなのです。」

ブクブク交換は、1人の本好きのイベントプロデューサーが編み出した、とてもユニークなミートアップだと、異国で参加してみて実感する。会場によって、開催される場所によってカラーも、参加者の層も、スタイルも変わる。だけど、この集まりがまとう文化的な雰囲気はどこで参加しても変わらない。何より、自分のお気に入りの本について語る人々の姿は、とても生き生きしている。参加者同士が、自然と仲良くなっていくのも、ブクブク交換の特徴だが、これもどこの地域で参加しても見られる現象だ。

日本発の本の交換ミートアップ「ブクブク交換」。サンフランシスコにいるとあるアメリカ人のイベントオーガナイザーにこの話をしたら「それは面白い、やりたいね」と即答された。国境を越えたブクブク交換が、今度は日本人コミュニティの外を出て、外国人のコミュニティで波及する日も、遠くないのかもしれない。

「日系とかアメリカ系とか関係なく、自分のやりたいことをやっている、そういう人がブクブク交換に参加してくれるんです。私、そういう人、すごい好きなんです。こんな人、日本にはいないなあっていう人……好きだから、これをやっているんですっていう人。そういう人から得るものって多いんですよ。自分が、こうだって思い込んでたことが、そうじゃないんだよなって分かることがあるのが、すごい面白いですね。」

君野さんの言葉が印象に残る。ブクブク交換は、世界中で、人々の新しい出会いと、新しい「気づき」を支えているのだ。

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(執筆、撮影 河原あず/東京カルチャーカルチャー

2012年3月17日 (土)

海外出張報告ミートアップ、やります。

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タイトルだけみると「え?なに?」と思っちゃうかもしれませんが、実はタイトル以上でも以下でもありません。お台場の東京カルチャーカルチャーで、出張報告のイベントをやります。おそらく、企業の出張の報告会を興業にするのは、日本ではじめての試みかと思います。チケットももちろん売ります。イープラスで来週発売です。詳しくは東京カルチャーカルチャーのホームページで告知するので、気になる方はぜひチェック下さい。

http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_120315203883_1.htm

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カルチャーカルチャースタッフ河原あず長期海外出張帰還記念イベント開催!
河原あず、アメリカ長期出張帰国報告ミートアップ

2012 04 10 [Tue]
Open 18:30 Start 19:30 End 21:30 (予定)
前売券/¥1,500、当日券/¥2,000 (飲食代別途必要・ビール\600、ソフトドリンク\390など)


ご存知の方はご存知の通り、東京カルチャーカルチャー担当の河原あずが、11月17日より2月29日まで、104日間のアメリカ出張に出かけてきました。

目的は「アメリカのミートアップ/イベントカルチャーの調査」

河原あずはアメリカの100日旅で何を得てきたのか? そもそも広大なアメリカのどこにいってどんな人に会い、どんなイベントを見てきたのか?

この日、104日間を2時間に詰め込んで、プレゼンテーションします。

ミートアップの取材の締めに相応しく、本来はニフティ社内の会議室で実施する出張の報告を、東京カルチャーカルチャーで、ミートアップスタイルで開催します。旅の裏話、アメリカの最先端のイベント事情や、シリコンバレーのビジネス事情などを、時間の許す限りお話します。

Q&Aセッションあり、お仕事の話だけではなくアメリカ珍道中の丸秘エピソードの披露あり、お土産争奪じゃんけん大会ありと、盛りだくさんの120分です。アメリカのイベントカルチャーに興味のある方ならきっと楽しめるはず!? お気軽にご参加下さい。

【出演】河原あず(東京カルチャーカルチャー/ニフティ株式会社アメリカ長期出張プログラム3期メンバー)、こねこ(ぬいぐるみ/河原あずのソーシャルメディアマスコット)
【司会進行】青木隆夫(ニフティ株式会社/アメリカ長期出張プログラム1期メンバー)

2012年3月11日 (日)

君野倫子さんインタビュー(第3回)~ブクブク交換、Kimono*Girl…アメリカに飛躍するカルチャーイベント。

イベントをやる機会を与えてもらっただけでも、ありがたいと思っています。

  2010年5月、君野さんはロサンゼルスに引っ越した。執筆活動は、日本にいたときと変わらず続けている。「仕事の関係者みんなにSkypeを入れてもらって、打ち合わせはSkype。そんなに不自由は感じません。」そして、引越しから1年弱の時を経て、彼女はイベント「ブクブク交換」をロサンゼルスでスタートした。2011年の7月に第1回を開催し、2か月に一度のペースで開催されている。私が参加した11/27のブクブク交換は、3回目の開催だ。

  そして12/4には、自身初の着物ファッションショー「Kimono*Girl」を開催。東京・お台場で始まった彼女のイベントキャリアは、海を渡り、ロサンゼルスで、更なる飛躍を見せようとしている。

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Kimono*Girl フライヤー

 
 「いろいろアメリカで日本が紹介されているのをみて、私ならこうするのに、という想いが募っていったんです。私が、こういう会場で、こういう着物のショーをやりたいと頭に描いてたら、【そこまでアイディアができてて、やりたい会場も決まっているのに、なんでやらないの?】と周りの人に言われたんです。それで、Royal/Tという、私が着物のイベントをやりたいと思ってたギャラリーに話したら、すぐやりましょうという話になったんです。アメリカって、そういうところがあるんですよ。やりたいなら、やっちゃえばいいじゃんっていう。会場も、現場の人が権限を持っているから、日本みたいに【上に確認します】とか【会議にかけてから】にならず、すぐに決められる。そういうの、アメリカならではだなって、思いますね。」

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君野さんが開催を切望した「Royal/T」ギャラリー。ジャパニーズポップカルチャーの影響を受けた展示も多数ある。


 彼女がイベントをやろうと決め準備を始めると、ロサンゼルス中から、着物モデルのボランティアや、イベントを手伝うボランティアスタッフが集まりだしたという。モデルは当初予定していなかったオーディションも開催した。

  「ロサンゼルスは広くて、コミュニティが分散しているからなのか、カルチャーの匂いのするイベントがあまりないんです。だからかもしれませんが、イベントの内容とかコンセプトとか……KimonoとAmerican Vintageというテーマをおもしろいと言ってくれて。集まる人もクオリティが高くて、みんな、よく動いてくれるんです。プロ意識の高い人たちが集まってくれて。何より楽しんでくれているのが嬉しいですね。」

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設営に関わるスタッフはボランティアで参加。日本人とアジアンアメリカンが多い。


 どうやってそれだけの人を集めたのかとたずねると、彼女は首をかしげながら「うーん、どうやってなんだろう?」と、答える。

  「私、けっこう引きこもりなので、あまりいろんなとこに顔を出したわけでもないし……けど、自然と、だんだんと仲間が増えてきた感じです。でも、こんな人がいてくれたらいいな、ということは口に出して言ってたと思います。それで人が人を呼んできてくれるというか……やっぱり人とのつながりが一番大切ですよね。」

 イベントのスタッフからは「倫子さんのイベントに関わってネットワークが一気に増えた」とか、「倫子さんの雰囲気に、人が寄ってくるんじゃない?」という声も聞こえてきたという。

  「Kimono*Girl」開催前にイベントへの意気込みを聞くと、自然体な表情で、君野さんはこう答えてくれた。

  「アメリカでは私なにもしてなくて、初めてやる大きなイベントなので、こういうことできる機会をもらえただけでありがたいって思ってるんです。でも、さっきも言いましたけど、なんでやるの? って聞かれると困ってしまう。やりたいからやるんです、他に何があるんですか? と。あ、だけど、これがうまくいったら、日本にイベントを逆輸入したいです。【Kimono*Girl】をカルチャーカルチャーでできませんか?」

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Kimono*Girlに参加したモデルも、ボランティアで参加した。


 日本発のカルチャーをアメリカへ。そしてまた、日本へ。お台場で始まった彼女のカルチャーイベントづくりへの挑戦は、太平洋をまたにかけて、新しい熱気を生み出しつつある。

 「ブクブク交換」の会場に車がつく直前に、君野さんは笑顔で私に、こう言った。

 「本当のことを言うと、私、染五郎さんのイベントを、アメリカでやりたいんです。」

 彼女は続ける。「私が歌舞伎にはまった舞台は、染五郎さんの舞踊だったんです。まったく日本舞踊なんて見たことなかったんですが、染五郎さんの舞踊を初めてみたとき、『なんだ、これは!! なんだ、この人は!』とただただ感動して、3回くらい観に行きましたね(笑)。特に染五郎さんの創作舞踊がものすごくぶっ飛んでて! 最高なんです。あの創作舞踊をアメリカのダンスや舞台好きな人たちに観てもらいたいな……と。アメリカ人が『Cool!!!!』って叫ぶ姿が眼に浮かぶんですよね(笑)。それが私の夢ですね。」

  なんでやらないの?  やればいいじゃない。いつか、市川染五郎さん本人にそう言われる日も、本当に来るのかもしれない。熱い日差しが照りつける11月末午後のフリーウェイに車を走らせる君野さんは、アクセルを踏みしめながら、まっすぐと、前を見据えていた。

(インタビュー、構成、撮影/河原あず 東京カルチャーカルチャー

2012年3月10日 (土)

君野倫子さんインタビュー(第2回)~伝説の市川染五郎さんとのイベント「妄想歌舞伎ナイト」ができるまで。

歌舞伎本の出版、そしてイベントへ…「妄想歌舞伎ナイト」ができるまで。

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 「実は私、染五郎さんのファンクラブの会員なんですが、もちろん今でも、そのファンクラブ向けに作られた小冊子とかを見ていて、きっと染五郎さんはものづくりがすごく好きな方に違いないと確信していたんです。」
と君野さんは言う。

 「その直感は間違ってなかった……と初めて打ち合わせでお会いした時に思いました。染五郎さん、私が書い た一冊分の絵コンテをご覧になっておっしゃったんです。【君野さんが作るなら、この企画は、こうした方がいいと思う】と。そのアイディアは、私が書いた企 画書とはまったく視点が違ったんです……けど、そのアドバイスは本当に的確だったんで
す。」

  企画書も絵コンテも最初から作り直しになった。素人だった君野さんのために、染五郎さんはいろいろアイディアを出し、大道具、小道具、裏方スタッフの方々や自身への取材のセッティングや撮影のサポートまでしてくれた。しかも、それだけにはとどまらず、取材の過程で、「ここはこうした方がいい」と、真剣にアドバイスをくれた。

歌舞伎をよくわかってない私が何度もとんちんかんな質問をしたりしたと思うんですが、一度もいらだったり、上から目線で話されたりすることはなかったです。いい本にしようと思ってくださっているのが伝わってきて、最後は校正までしてくださいました。」

 多忙を極める染五郎さんのスケジュールにもあわせ、ゆっくりと本の制作は進行した。最初の歌舞伎本の完成までには、2年近くを要したという。

「印刷があがってきた時、染五郎さんに本をお持ちしたときのことを、今でもよく覚えてます。名古屋の公 演の真っ最中で、できたてホヤホヤの本を楽屋にお持ちしました。他人事ではなく、自分の本のように喜んでくださいました。ご本人だけでなく、関わった裏方 さんたちもとても喜んでくださって。」

  第2弾の出版も決まったが、書籍化の企画は2冊目でいったん終了の流れになった。そこで2010年1月、第2弾が発売になった時、「1冊目はできなかったから、出版記念に何かやりたいね」と銀座の書店でトークショーとサイン会が実現した。「この本は君野さんの本だからね……」と気遣いながら、染五郎さんも来場した人ひとりひとりにサインをしてくれたという。

 君野さんが渡米してから、染五郎さんの舞台を観に行った友人から、劇場の売店で染五郎さんの著書だけではなく、自身のサインをした君野さんと作った本も売られていたという話を聞いたそうだ。

 「染五郎さんは私の本を売ったことについて、何もおっしゃらないんですよ。何も知らなくて。でも本当に嬉 しかったです。2冊の本を丁寧に一緒に作ってくださったのは、若い人たちにもっと歌舞伎を知ってもらいたいと、誰よりも染五郎さんご自身が願っていらっ しゃったからだと思うんです。」
と君野さん。

 そのトークショーとサイン会の数ヵ月後、東京カルチャーカルチャーから、イベントの話が来た。東京カルチャーカルチャーのイベントプロデューサー・テリー植田に「君野さん、初心者にわかる歌舞伎のイベントをやりませんか?」と打診されたとき、君野さんは直感的にこう思った。「染五郎さんと一緒にやると絶対、面白いイベントになる。」

 
「カルチャーカルチャーのみなさんは、染五郎さんがまさか来るとは思ってなかったそうですが、私は染五郎さんと一緒にやった方が、絶対に楽しいってテリーさんに言ったんです。染五郎さんと一緒に、ブログ上で【somelabo】という、染五郎さんの妄想を 形にして発表するというコーナーをやっているんですが、そのイベントをやりませんか? と染五郎さんにお話して。」  

 「一緒に本を作っている時に、ホントにすごい方だなぁと思ってたんです。七代目市川染五郎という歌舞伎役 者としては、もちろんなんですが、頭の回転が速くて、クリエイティブで、発想力と妄想力はとにかく驚かされてばかりで。でも、そういう染五郎さんのユニー クさとか、妄想力とか、あまり知られてない気がして。その魅力を世の中に伝えられたらな……と。最初、私は本を作りたいって思っていたんですが、イベント なら直接的に伝えることができる気がして」

  イベント化を打診する君野さんに、染五郎さんの答えはイエス。早速、打ち合わせの場を持つことになった。しかし奇しくも、イベントの打ち合わせ初日は、君野さんがロサンゼルスに引っ越した直後。

 「それで、私、染五郎さんに、パソコンにSkype(※無料で使えるインターネットテレビ電話サービス) を入れていただいたんです。それで、打ち合わせがはじまる前から、パソコンに私を映してもらって、新橋演舞場の染五郎さんの楽屋まできたテリーさんを、パ ソコン越しに紹介しまして(笑)。イベント1回目も2回目も打ち合わせはSkypeでした。」

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画像提供:東京カルチャーカルチャー

 イベント「市川染五郎の妄想歌舞伎ナイト」は 2010年8月のお盆に開催され、チケットは即完売。有料ネット配信でも100人以上の方がイベントを見守った。染五郎さんもイベントをとても楽しんで、 打ち上げの飲み会は、夜更けまでずっと続いた。市川染五郎さんの「妄想力」を爆発させたこのイベントは大きな反響をファンや関係者を中心に呼び、電子書籍 化までされた。すぐに第2回の開催も決まり、2011年8月のお盆に、続編の「市川染五郎の妄想歌舞伎ナイト 第2章」が開催された。  

 「染五郎さんの新しい一面を皆さんに知ってもらいたいと思ってイベントの提案したんですが、イベントの後、劇場のロビーで染五郎さんのファンの方から『妄 想歌舞伎、ホントに楽しかったです。企画してくださって、ありがとうございます。また、次も楽しみにしています』と声をかけていただいくことが何度かあっ て、すごく嬉しかったです。それと、あのイベントは、出演者やスタッフのみんなが染五郎さんに喜んでもらいたいって、思ってるじゃないですか。当日、染五郎さんをどう喜ばせて、びっくりさせるかに命をかけてるというか……その雰囲気もすごくいいですよね。」

(第3回に続く)

2012年3月 9日 (金)

君野倫子さんインタビュー(第1回)~イベントを、やりたいから、やるんです。

「やりたいから、やる。それだけです。」

  2011年の11月27日、私は彼女と、異国の地で、1年振りの再会を果たした。君野倫子さん。着物、歌舞伎、育児などのライティングを得意とするライターであり、私の職場である東京カルチャーカルチャーで、市川染五郎さんのイベントの開催を実現させた、立役者でもある。現在はロサンゼルス国際空港から南に車で20分ほど走らせたトーランス・シティに住んでいる彼女が、ロサンゼルスで2本イベントを開催すると聞き、アメリカに上陸してから1週間ほど経ったその日、私は滞在先のシリコンバレーから、飛行機に乗り、ロサンゼルスへと向かった。

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君野倫子さん

 2011年の暮れも迫ろうというこの時期に、彼女は2本のイベントをオーガナイズしていた。1本は、東京カルチャーカルチャーのプロデューサー・テリー植田が発案した本と本の交換イベントブクブク交換、もう1本は、彼女自身が企画、プロデュースした着物のファッションショー「Kimono*Girl」だ。前者は再会した11月27日に開催し、後者は12月4日に開催を予定していた。

 感謝祭の興奮も冷めやらないアメリカで、クリスマスに向かうせわしない時期に、立て続けてイベントを開催する彼女に、私は移動する車の中で聞いてみた。「なぜこちらでイベントをやろうと思ったんですか?」彼女は少し考えてからこう答えた。「うーん……やりたいからやるんです。本当に、それ以上、ないんですよ。」

  君野さんとの出会いは、2010年8月に開催された、市川染五郎さんのイベント「市川染五郎の妄想歌舞伎ナイト」だった。このときは、当日の裏方のばたつきもあり、ほとんど彼女とコミュニケーションがとれなかったが、彼女の落ち着きぶりと、あの歌舞伎役者・市川染五郎と互角に渡り合うステージ上の佇まいが、大きく印象に残っていた。

 その彼女が、ロサンゼルスで、2本のイベントを企画していると聞き、私は真っ先に、取材の依頼を彼女に投げた。東京カルチャーカルチャーのイベントを知る君野さんが、どんなイベントをアメリカで開催するのだろうか。高揚感を感じながら、私はホテルのロビーで彼女と再会し、彼女の運転する車で、ブクブク交換の会場へと向かった。
 

着物は、ずっと続く「趣味」なんです。

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着物姿で妄想歌舞伎ナイトに出演する君野倫子さん(右)。中央は、市川染五郎さん。
(写真提供:東京カルチャーカルチャー
 

 もともと、君野さんは、ライターとしてキャリアをスタートさせた後、女性向けのウェブサイトで、編集長をしていた。2002年頃のことだ。「けど、昼も夜もない仕事に疲れ果ててやめちゃったんです。ウェブって、想いを込めて作っても残らないじゃないですか。」丁寧に物を作れて、きちんと形として残る仕事をしたい。その一心で、ウェブサイトを運営する会社を退職した。そして、彼女は、仕事を「サイトの運営」から「書籍づくり」に変えることを決意する。

 「本を作りたいと思ったんです。それで、企画書を書くときに、自分が読みたい、読んでいて楽しいものを作りたいと思ったんですよ。」

  彼女がまず選んだテーマは、「着物」だった。着物の着付けは、29歳から習いだした。

 「20代の頃、アメリカに住んでいたんですが、29歳になって日本に帰ったときに、自分の国の民族衣装のことをちゃんと知っておきたいって思ったんです。」そして、退職でフリーになったのをきっかけに、持っていた洋服を捨てて、彼女は普段着として着物を着るようになった。「着物はそのときからずっと続く”趣味”なんです」今や「着物」を”仕事”の1つにしている彼女は、笑いながら、私に説明した。

 アンティーク着物がはやり出した時期に、彼女の世代が読める本がなかった。それで初心者と上級者の中間層が読んで楽しめる本を作りたいと、企画書を書き、出版社に持ち込んだ。最初の着物の書籍が出版されたのは2004年のこと。評判も上々で、以来、年に1、2冊のペースで書籍を執筆している。
 

歌舞伎、そして市川染五郎との出逢い。

  彼女のキャリアを揺るがす大きな「事件」は、2005年の終わりに起きた。歌舞伎役者・市川染五郎さんとの出会いだ。

 「映画で、市川染五郎さんの着物姿を見たときに、その所作の美しさに心奪われたんです。」

  早速、彼女はその美しい「生の市川染五郎」を観たいと、歌舞伎座通いを始める。「2006年の正月から毎月一回は見に行こうと思ったんです。だけど、3月くらいの時点で、1回どころではなくなってましたね。はまっちゃったんです。」

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妄想歌舞伎ナイトに出演する市川染五郎さん
(写真提供:東京カルチャーカルチャー

 
 日本人にしか発想できないような、歌舞伎の様式美や決まりごとの数々に、君野さんは面白さを見出したという。

 「限りなくアナログの世界で、“そういうことになってます”という約束事がたくさんあるんですね。歌舞伎って。例えば、黒子がいるでしょ。だけど、黒子って見えないことになってるんです。でも、初めて観る私には、え?黒子、そこに見えてるでしょって、突っ込みたくなるじゃないですか! 他にも、デパートの屋上でやってる子ども向けの着ぐるみショーみたいな着ぐるみの動物が出てきたり、志村けんのバカ殿様のような殿様が出てきたり、ドリフターズの”8時だよ全員集合!”みたいに家ごとバンっと崩れたり……そういう1つ1つが、私には衝撃的でおかしかったんです。けど、実際はドリフターズの大道具を作ってたのは歌舞伎の大道具さんだったり、志村けんのバカ殿様も、歌舞伎のメイクからとってたりするんです。」 

 「私たちって、私たちの知らないうちに、歌舞伎から広がった世界を目にしているんですよね。そして、そういう様式を、アナログなまま、血縁でつなぐ役者さんたちや裏方さんが、江戸時代からそのまま残してくれてる。現代まで残してくださってありがとうございます! 死ぬまでに歌舞伎に出会って良かったって本当に思いました。」

  2006年1月に歌舞伎を見始めて、6月には既に企画書を書き始めていた。そして出版社に企画書を持ち込む。「歌舞伎のこと分かってないうちに企画書を書いてました。無謀だと思われるかもしれませんが、逆に歌舞伎がわかってきたら作れないって思ったんです。初心者の私が、読みたい面白いと思える歌舞伎の本を作りたいって。」出版社からは「監修者をつけることが条件」で企画が通った……が、監修者探しが難航、なかなか見つからない。

 監修者が決まらなくてはボツ企画になってしまう。「それで、出版社の編集さんから、君野さんが一番監修してほしい人の名前を挙げてみてください、といわれたんです。それで畏れ多くも素直に答えました。市川染五郎さん、って。」

 「それまで染五郎さんがインタビューやご著書で、渋谷を歩く若い女の子たちに歌舞伎を知ってもらいたいとおっしゃってて、染五郎さんなら私が作りたいと思っているものがどういうものか、わかってくださるかも!…と勝手に思ったんです。」

 染五郎さんに断られたら、この企画はあきらめよう。とにかく最後の望みを託し、当時、染五郎さんが出演してた劇団☆新感線の劇場に企画書を届けた。そして、その回答は、「少し待ってください。」

 「公演中だから当然、染五郎さんもお忙しいときだったんです。それで、その【待って下さい】というのが、前向きなのか、後ろ向きなのかだけ教えて下さいってお伺いしたんです。そうしたら答えは、”前向きに考えます”……と。もちろん、いつまでもお待ちします、ってお答えしました!」

 返事は、3ヵ月後にやってきた。「やりましょう。」着物に引き続き、趣味だった歌舞伎が、仕事になった瞬間だった。

(第2回に続く)

2012年3月 8日 (木)

The summary of interview to Alison Murdock (The organizer of "Silicon Valley ROCKS")

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Silicon Valley ROCKS is very unusual event. It is music gig, but also like meetup. Many audiences are always having chatting while the band performance time on the stage. And all members of the bands that joined the event are "TECH PEOPLE". They are working for Facebook, Google, Adobe, Dropbox...etc. And most of the audiences are tech people, too. They work for tech company, startups, and VCs.

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Alison Murdock is the organizer of the "gig style meetup". She started to organize this event 4 years ago, and continue organizing. The event is held once a year in December. She organizes the event as volunteer.

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She thought up the idea of "Music gig by tech people" when she re-started play the bass. “I found many musicians in Silicon Valley, and made up my mind to hold the event! I want network not only  in tech community, but also communiy for my hobby.”

She decided to hold event as fund raiser event. She gives profit of the event to fund for the music education. She believes to raise music education leads to better music culture. Around 20 volunteer staffs are working for the event. They are sharing her will for raising better music culture. And sponsors of the event are sharing her idea, too. The event raise about $30,000/event and all of the profit is applied to fund for music education.

400 people joined the event in 2012. Audiences got an information for the event from DM, Plancast, Eventbrite, Facebook, and Twitter. Surely WOM(Words of mouse) is important factor for the promotion.

8 bands joined the event.(The Barricades,100%,Allen Mask, Ingar Brown & the Future Funk, Coverflow, feedbomb, Open Source Band, Fox Picnic). For example,  Allen Mask is a hip-hop unit by the staff of Google. Open Source Band is special band for SVR 2012. And the vocalist of  freebomb is the sister of Mark Zuckerberg!!

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Allan Mask

Young people and elder people are mixed at the event. Alison is booking not only young band, but also band by elder people. As a result, she can get many people together, and make good atmosphere for networking. She told me “Our goal is to make a space where can relax, and have networking time easily. ”

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"I have no profit by the event, but have many benefit by organizing. I can meet Hi-profile people by event organizing, like musicians, or famous people who has musical hobby. Playing music is very useful for networking!"

"I am very happy because I can help music culture by organizing the event!" She told me proudly.

(AZ Kawahara/TOKYO CULTURE CULTURE)

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